対人恐怖症などの神経症(社会不安障害)を克服。不眠、頭痛、めまい、肩こり、対人恐怖、疾病恐怖、赤面恐怖、確認恐怖、心臓神経症、乗り物恐怖、閉所恐怖などで悩む人のための自助活動の場。

みんな悩んだ

「自分自身を理解していく喜び」

名前 P.N. オスカー 性別 男性
年齢 29才
所属 群馬集談会
症状 うつ病,対人恐怖症,加害恐怖

生い立ち

私は二人兄弟の次男として生まれました。 父は真面目に働き、優しいところがありますが、家庭をあまり顧みない性格をしています。 母は世間知らずなところがあり、体も弱かったですが、芯が 強く、発言するところは発言する性格でした。両親ともに神経質な性格をしていないと私は思います。 兄は知的障害を持ち、多動傾向があるため、知らぬ間にどこかに行ってしまうことがあります。 両親は兄がどこかに行って探しているうちに、私までどこかに行ってしまわれたら困ると考えていたので、私はおとなしく、一人で何でもこなせるよう に育てられたのだと思います。 そのため、私は「家族のためにいい子でいなきゃいけない」と思い、生きてきたように感じます。 反面、甘やかされて育ってきたようにも思います。 やることをやれば褒められるので言われたことしかやらず、自発的なことはほとんどやりませんでした。

3歳の頃、保育園に通うようになりました。保育園に通っている他の子はみんな元気いっぱいで、私だけがおとなしく、他の子と交って遊ぶことが出来 ませんでした。 当時、他の子は元気で恐ろしく、周りを気にし、びくびくしながら保育園に通っており、保育園にはいい思い出がありませんでした。 「なんで私だけこんな性格なのだろう。私はおかしいのではないか?私はダメじゃないか?」と3歳くらいから自己否定感を強めていき、死んだように 生きている感じでした。 卑屈で、オドオドしている人間と遊んでくれる人など、なかなかいるはずもなく、いつも孤独を感じていました。

小学校二年生の時に、女性からいじめにあいました。自分自身ではどうすることもできず、私はただ耐えるだけでした。 どういじめられたか?という具体的な記憶はもうほとんどないですが、いじめられていた女性を殴ろうとした記憶は今でも鮮明に思い出されて、私はそ れが辛い時があります。 誤解を招くといけませんので、説明しますと、実際は頭の中で殴ろうと思っただけで、女性を殴ったことは人生の中で一度もありません。 三年生になった時、クラス替えがあり、いじめられていた女性と違うクラスになりましたので、いじめはなくなりました。 しかし、私は暗い性格で自分勝手でいつも一人でいる変な奴と思われていたのか、ちょくちょく他の男子からは、いじめられたり、女子からは無視され ていました。 いじめはいじめられる方にも問題があるといいますが、他人のことも考えず、自分の殻に閉じこもる私はやはり問題があったのだと思います。 小学校・中学校と大体見知った生徒でしたので、小学校・中学校は本当に嫌いでした。

高校は厳しい校風の高校に入りました。私は上手くやっていけるか不安で、教師に言われたことを律儀にやっていました。 最初はあまり成績もよくありませんでしたが、言われたことをこなしていくうちに、教師からも「真面目にやっているから成績が良くなったな」と褒め られるようになりました。 友人はいませんでしたが、他の生徒とも仲良くやっていけるようになり、だんだん性格が明るくなりました。 卒業式の時には、全校生徒の前で、表彰もされました。表彰される時、すごく緊張したためか、表彰状をもらいに校長先生の前まで行く時、ロボットの ような歩き方をしたのを覚えています。

大学に入学し、コーラスサークルなどに入りました。 1年目から勉強につまずき、サークルの仲間ともうまくいきませんでした。 私は悩みを持っていても、一人で抱え込むばかりで、意地になって人に打ち明けることはしませんでした。他人が怖く、信じることが出来なかったのだ と思います。 そして2年生に進級して、うつ病を発症しました。 また麻雀を打っているときに突然、麻雀牌が切れなくなりました。汗が出てくるし、切れなくて、情けなくて涙を流していました。 麻雀恐怖、一番初めに神経症がおきたのはこの時だったと思います。すごく気持ちが悪かったのを覚えています。 それ以降麻雀は打たなくなりましたが、映画を見て、人と感想を共有できないのが嫌になる映画館恐怖や、夜、寝ようと考えて、ますます眠れなくなる 睡眠障害になったりもしました。 うつ病もあまりよくならず、大学にもほとんど行けていなかったので、大学を6年目で中退しました。

地元の群馬県に戻り、うつ病もよくなってきたところで、加害恐怖が起るようになりました。 心療内科の受付の女性に怒りを覚え、怒りがどんどん膨らみ、危害を加えてしまうんじゃないかと思うようになりました。 私は受付が出来なくなれば、診察もできず、薬も出してもらえなくなってしまう、これはまずいと思い、すごく焦りました。 このことを大学時代の友人に相談したところ、生活の発見会を勧めてくれまして、平成25年の2月に入会をしました。

集談会に参加

集談会に行くようになって、私は対人恐怖症なのだなということに気づきました。うつ病もよくなり、薬を止めることが出来ました。 しかし集談会に毎月参加していても神経症はいっこうに良くならない、私には森田はあっていないんじゃないかと思い始めました。 一年で効果が出なかったら、次の治療法を探してみようと思っていました。 ところが入会して一年目の終わりくらいにある方に「あなたは幸せになっていい。あなたは幸せになるための努力をしなきゃだめだ」といわれて、私は 全世界から波のようなものが押し寄せてくるような衝撃を受けました。 私は今まで、他人に合わせ、他人から認められるように生きてきました。自分のため、自分の幸せのために生きてきたことなんてなかったのです。 今までだって、私の幸せを願ってくれた人は大勢いたはずなのに、聞く耳さえ持たなかった。 私はなんてわからず屋だったのだろう。自分が小さく見えて、不思議と全世界のありとあらゆるものに申し訳ないと思いました。 これからは自分の幸せのために生きていこう、そう固く決意しました。

それからは自分をよくするために何かできることはないか?と考え、自分の身の周りのことをできるようにしようと考えました。 掃除や整理整頓の仕方を学ぶ、偏食を止めバランスを考えて食べる、運動をして体力づくりをする等をやっていきました。 不思議と神経症に振り回されることが少なくなっていきました。 何故、神経症が良くなったのか?私はその理由を知りたくて、他の集談会に行くなど、今まで以上に集談会に行くようになりました。 強迫神経症が中心のテーマ別懇談会「生泉会」に出席した時、ある方が私ではない他の参加者に「なんで自分を認めてあげられないんですか?」「あな たは自分のことが嫌いなはずですよ」と言っているのを聞いて、私は「この方は何を言っているのだろう?」と疑問を持ちました。また他の参加者が納得できないような顔、面を食らったかのような顔をしているのに も疑問を感じました。 自分に疑問を持つこと、他人に疑問を持つことは私が良くなっていく過程で重要なことでした。

ある集談会で、傲慢な態度の方がいて、私は嫌だなぁと思っていました。体験交流の時にもその方と一緒でした。 私は体験交流の時に「涙もろくて困っている」ことを言いました。そうしたらその方が「泣いたらいいじゃないか」と言ったのです。 私はその方に「情けなくないのか?」みたいなことを言われるのかと思っており、そのような言葉を言うとは思わずびっくりしました。 しかし、私はうれしくて、涙を流しながら「そうですよね。泣けばいいんですよね」と言ったのを覚えています。 私は涙もろいことを認められるようになりましたし、その方が何故そんなことを言ったのか気になりました。 その方を見ていて、確かに乱暴な口調だし、人の会話に入り込んでくる所は迷惑だけど、初心者の方や慣れない方に行動が控えめになるし、言葉の中に はその方のやさしさが垣間見えるところがあることがわかりました。 意地を張ってしまう方なのかなと気づき、なんとなく嬉しくなりました。 よくよく考えたら、私も意地を張る性格じゃないかと気づいて、さらに嬉しくりました。

一つ一つ疑問が解けて、自分を理解していくことはすごくうれかったですし、他人に対する疑問を解くことでも、なぜか自分を理解することが出来まし た。私は多くの方に救われているのだなぁと感じています。 私は神経症が良くなるより、自分自身を理解してあげられたことが何よりもうれしかったです。

また一番悩まされていた加害恐怖は「怒りを感じてはいけない」というかくあるべしに気づき、良くなっていきました。 今までの私は怒りを感じたら、怒りを感じないようにしようと仕向けていましたが、それが誤りでした。 怒りは自然現象であって、自分自身で怒りを変えることもできないし、消すこともできない。 怒りを感じるまま感じて、行動で相手に危害を加えないようにする。 感情はコントロールできないが、行動はコントロールできること。この言葉に本当に救われてきました。

私は神経症になったことで、自分を見つめなおすきっかけになったと思います。 思えば、神経症になる前や神経症に苦しんでいた時は自分自身が嫌いで、自分自身なんて顔を覆いたくなるような存在でした。 私が自分自身を理解して、認められるようになっていくと、神経症があっていいものだと分かるようになってきました。 いろいろなことを教えてくれた、支えてくれた、発見会の皆さまには感謝してもしきれないくらいです。 神経症にもありがとうと言いたいです。そして、私によく頑張ったと褒めてあげたいです。


  • 症状回復のメカニズム
  • 会員になるとどんなことができるの?
  • 集談会 参加の流れ

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